知床の秘湯「熊の湯」で紡ぐ、72時間の人間模様
NHKの人気番組「ドキュメント72時間」で、北海道・知床半島にある秘湯が舞台に選ばれた。羅臼町にある露天風呂「熊の湯」で、72時間にわたる撮影が行われた。この温泉は、約45年前に地元の愛好会が作り、維持管理している名所だ。
愛好会の会員は年会費2000円でいつでも入浴できるが、観光客も200円程度の寄付金を入れることで利用できる。源泉は近くから引かれており、湯温は約45℃と心地よい。
「72時間密着」と聞くと、男湯が中心の映像になるかと思いきや、今回は女湯での取材も行われたのが印象的だ。顔のみの撮影とはいえ、女性ディレクターが地元の人から「一緒に温泉に入ろう」と何度も誘われる場面は、番組ならではのユニークなエピソードだった。
毎朝4時半頃、愛好会のメンバーが温泉の清掃を行っている。観光客に対して入浴時のマナーを厳しく注意する姿が目立ったが、その理由が分かった気がする。地元の人々にとって、熊の湯は単なる温泉ではなく、長い年月をかけて守り続けてきた大切な場所なのだ。
番組では、かつて漁師として活躍した地元住民の話も紹介された。昔の羅臼町は活気にあふれ、飲み屋が90軒近くもあったという。漁師の給料は3か月で200万円にも上った時代があったが、近年は魚が獲れなくなり、町の人口はピーク時の半分にまで減少してしまった。
さらに、ウクライナ戦争の影響でロシア側海域での漁業が制限され、船を持っている人は拿捕のリスクに直面している。かつての第二次世界大戦前とは逆の状況だという。(なお、2023年9月30日から漁業が一部再開された。)
番組では、神棚を作るシーンから日本人の宗教性や、マナーの悪い観光客に憤る地元住民の姿も映し出された。熊の湯は、町の人々が集まり、交流する場所だ。
72時間の記録を通じて、人と人とのつながりや地域の歴史が垣間見え、どこか心温まる気持ちになる。見終わった後も、余韻に浸りながら「ずっと見ていたい」と思わせる、そんなドキュメンタリーだった。