『呪怨』は、もともと劇場映画ではなくビデオオリジナル作品として始まったシリーズです。ビデオ版の『呪怨』『呪怨2』で怖さが口コミによって広まり、その後に劇場版が制作され、さらにハリウッドでもリメイクされるほどの作品になりました。

ただ、ビデオ版と劇場版を続けて見ると、同じ『呪怨』でも怖さの作り方はかなり違います。ビデオ版では伽椰子や俊雄がかなり頻繁に姿を見せ、佐伯家で起きた事件の狂気や怨念そのものを前面に出していました。それに対して劇場版では伽椰子の出番を減らし、その家に関わってしまった人たちが次々と呪われていく姿を中心に描いています。

自分はビデオ版の方が異様な作品だと思いますが、映画としての見やすさや恐怖の演出という意味では劇場版の方がよくできているようにも感じました。

劇場版 呪怨

『呪怨』ビデオオリジナル版と劇場版の違い

劇場版『呪怨』を見て最初に感じるのは、ビデオ版と比べて伽椰子の姿を見せる場面がかなり減っていることです。ビデオ版では伽椰子も俊雄もかなり遠慮なく登場し、「また出てきた」と思うほど幽霊そのものを見せることで恐怖を作っていました。

それに対して劇場版では、伽椰子はここぞというところまで姿を見せません。呪われた家に入った人がおかしくなったり、突然姿を消したり、何かがいるような気配だけを残したりして、伽椰子そのものよりも「何かが起こりそうだ」という時間を長く取っています。

ビデオ版は伽椰子の狂気が中心にある

ビデオ版で印象に残るのは、単に幽霊が人を襲うというより、伽椰子が生前から持っていた異様さや、佐伯家で起きた事件そのものの狂気です。リングや『らせん』などによって日本のホラー映画の空気が変わっていった時期の作品ということもあり、ただ幽霊が怖いだけではなく、人間の感情がそのまま怨念になって残ってしまったような気持ち悪さがあります。

劇場版になると、その部分はかなり薄くなっています。伽椰子がなぜこうなったのかをじっくり描くのではなく、すでに完成してしまった「呪い」が存在していて、そこへ普通の人たちが巻き込まれていく映画になっています。

劇場版は呪われる人たちを中心に描いている

劇場版では伽椰子の物語よりも、佐伯家に関わってしまった人たちの恐怖にスポットが当たっています。家に入る、誰かと関わる、その程度のことで呪いが広がり、本人に何の落ち度がなくても逃げることができません。

これは分かりやすいホラー映画としてはかなり強い作りだと思います。伽椰子について詳しく知らなくても、「あの家に関わったら終わり」ということだけは伝わってくるからです。

劇場版では伽椰子を見せないことが怖さになった

ビデオ版は思い切りがよく、幽霊をばんばん出してきます。ただ、今見るとその思い切りの良さが逆に面白く見えてしまうところもあり、怖いはずなのに「次はどこから出てくるのだろう」と待ってしまうことがあります。

劇場版ではそこをかなり抑えていて、伽椰子はほとんど姿を見せず、見えたとしても一瞬だけという場面が多くなっています。姿を見せないことで伽椰子そのものが恐怖の象徴になっており、映画としてはこちらの方が長く怖さを保てる作りになっているように思えます。

ストーリー

福祉センターで介護ボランティアをしている女子大生・仁科理佳は、郊外にある一軒家を訪れます。そこで彼女が目にしたのは荒れた室内と、まともに会話することもできなくなった老人でした。そして家の中を調べているうちに、押入れの中から一人の少年を見つけます。

その家では過去に一家を巻き込んだ惨殺事件が起きていました。事件によって死亡した佐伯伽椰子の強い怨念は家に残り、そこへ足を踏み入れた人、さらにその人と関わった人へと呪いが広がっていきます。

一人の主人公だけを追い続けるのではなく、複数の人物の視点から同じ呪いを描いていく構成になっており、時間も前後します。最初はバラバラに見えた出来事が少しずつつながっていくのも『呪怨』のおもしろいところです。

【監督・脚本】清水崇
【日本公開】2003年
【上映時間】約92分

【点数】4/5(5点満点中)

公開された当時に見ていれば5点を付けていたかもしれません。ただ、伽椰子や俊雄の姿、這うように迫ってくる幽霊など、『呪怨』が広めた恐怖の表現がその後あまりにも多くの作品で使われたため、現在見ると新鮮さはどうしても薄れています。その分を考えて4点にしました。

5 … 人に紹介したい、面白さが分かる映画
4 … 感性の違いはあるかもしれないが面白い映画
3 … 時間の無駄ではない映画
2 … 最後まで見ることができないこともある映画
1 … 紹介してきた人を殴りたくなる

劇場版『呪怨』を見た感想

ホラー映画としての作りはしっかりしています。ただ、ビデオ版にあった狂気じみた雰囲気はかなり薄くなり、伽椰子についても「これだけひどい殺され方をすれば怨霊になってもおかしくない」と理解しやすい形に変わっているように感じました。

ビデオ版では伽椰子自身の狂気と、佐伯家の中に溜まっていたドロドロした感情がそのまま呪いになったような印象が強かったのですが、劇場版ではすでに存在する呪いに人間が次々と巻き込まれていきます。どちらが良いというより、同じ設定を使いながら怖がらせ方を変えた作品という方が近いでしょう。

制作費が増えたことでCGを使った場面もありますが、自分には必ずしも必要だったのかという疑問も残りました。『呪怨』の怖さは派手な映像よりも、家の暗がりや物音、何かがいそうで見えない場所にあると思うからです。

むしろCGや大量の血糊に頼らない場面の方が今見ても怖く、20年以上経っても作品として見られる理由もそこにあるのではないでしょうか。

『呪怨』は怖いのか

ホラー映画を普段からかなり見ている人にとっては、現在の『呪怨』を見てもそこまで怖くないかもしれません。伽椰子が階段を這ってくる姿や、白塗りの俊雄などはあまりにも有名になり、映画を見たことがなくても知っている人が多くなってしまいました。

ただ、ホラー映画に慣れていない人なら話は別です。暗い場所から何かが現れる、布団の中という安全だと思っていた場所から突然伽椰子が出てくる、誰もいないはずの場所に俊雄が立っているといった演出はかなり強く、ホラーとしての恐怖を十分に味わえる作品だと思います。

『呪怨』のおもしろいところは、いわゆるジャンプスケアだけに頼っていないことです。突然大きな音を出して驚かせるだけではなく、「何かいるのではないか」と思わせたまま時間を引っ張り、じわじわと逃げ場をなくしていきます。その日本的な怖さの中に、布団の中から突然現れるような分かりやすい恐怖も混ざっています。

俊雄が何度も現れるのがだんだん怖くなくなる

伽椰子があまり姿を見せなくなった代わりに、とにかくあちこちに登場するのが子供の幽霊・俊雄です。白い体にパンツ一丁という姿だけでも十分に異様なのですが、隙間を埋めるように本当にさまざまな場所へ出てきます。

最初に見るとかなり怖いのですが、二度目になると「今度はどこにいるのだろう」と捜してしまいます。俊雄自身が積極的に人を襲うわけではなく、現れて猫のような声を出していることが多いため、そのうち「俊雄が出たから、これから怖い場面が来る」という前触れのようにも見えてきます。

そう考えると一回限りの恐怖になってしまう部分もありますが、それでも『呪怨』という映画に「どこにいても幽霊が現れる」という印象を与えている重要な存在であることは間違いありません。

初見では意味が分かりにくいところもある

少し残念なのは、劇場版だけを見ると伽椰子や佐伯剛雄についての説明がかなり少ないことです。ビデオ版を見ていれば分かる部分でも、劇場版から初めて『呪怨』を見ると、「最後に出てきた男は誰なのか」「なぜ伽椰子はここまで強い怨霊になったのか」と分かりにくく感じるところがあります。

劇場版だけでも物語そのものは理解できますが、ビデオ版を見てから劇場版を見ると佐伯家で起きたことがより分かりやすくなります。その意味では、完全に別の作品として見るよりも、ビデオ版から続く『呪怨』の世界を映画向けに作り直した作品として見る方が自分にはしっくりきました。

『呪怨』の仏壇シーンが怖い理由

自分が作中でもっとも好きなのは、女子高生が悪霊となった友人に迫られ、仏壇のある部屋へ逃げ込む場面です。そこで仏壇の中が真っ暗になり、その奥から伽椰子が現れ、女子高生を向こう側へ引き込んでしまいます。

映像として怖いだけなら、ほかにも有名な場面はいくつもあります。それでも自分がこの場面をおもしろいと思ったのは、本来なら死者を供養するための仏壇から怨霊である伽椰子が出てくるところです。

もちろん映画の中で「仏の力でも伽椰子を止められない」と説明されているわけではありません。ただ、自分には本来なら死者を供養する場所である仏壇さえ安全ではなく、神仏の力が届くような場所にも伽椰子が入り込んでしまったように見えました。

別の見方をすれば、仏壇の暗い内部そのものを死者の世界への入口として使い、そこへ生きている人間が引き込まれていく場面とも考えられます。どちらにしても、この映画では「ここへ逃げれば助かる」という場所がありません。

布団の中も安全ではなく、家の外へ逃げても終わらず、仏壇の前にいても助からない。『呪怨』の怖さは幽霊の姿そのものより、このどこにも救いがないところにあるのかもしれません。

今見ても楽しめるJホラーの代表作

『呪怨』は、公開当時ほどの新鮮さを現在でも感じられる映画ではありません。伽椰子や俊雄があまりにも有名になり、その後のホラー作品でも似た演出が何度も使われたことで、『呪怨』を初めて見るのに、どこかで見たことがあるように感じる場面もあります。

しかし、それは逆に考えれば、それだけ後のホラー作品に影響を与えたということでもあります。

ビデオ版にあった狂気をそのまま持ってくるのではなく、劇場版では伽椰子をあえて見せない時間を増やし、俊雄を恐怖の前触れとして使いながら、家に関わった人間が少しずつ逃げ場を失っていく。突然驚かせる怖さと、じわじわと近づいてくるJホラーらしい怖さがうまく混ざった作品です。

自分は異様さという意味ではビデオ版の方が好きですが、一本のホラー映画として見るなら劇場版の方が見やすく、完成度も高いように思えます。ビデオ版と劇場版を続けて見ると、同じ伽椰子と俊雄を使いながら、怖さの作り方をどう変えたのかまで見えてくるので、その違いを比べてみるのも『呪怨』のおもしろさではないでしょうか。