シックス・センスやサインで有名になったM・ナイト・シャマランが監督、脚本を行い、俳優にウィル・スミスとジェイデン・スミスが親子で共演していたことから話題になった映画『アフターアース』

ざっくりまとめると、地球環境を悪くしすぎて住めなくなったのでっ引っ越します。

引っ越した先の住民とトラブルを発生、怒った住民が人類抹殺のために怪物兵器アーサを投入!!

人類の恐怖に反応するアーサに対抗できる技術を身に付けたがウィル・スミス演じるサイファ・レイジ

その息子がジェイデン・スミス演じるキタイ・レイジであり、父と一緒に訓練のために移動している途中で人類が捨てた地球に不時着する。

不時着で機体は真っ二つ、父も足をケガしたために息子に救難信号を発信するために真っ二つになった片方の機体へ向かわせる。

旅ので成長した息子がゴーストに会得してアーサを倒す。

ざっくりと、100分の映画を端折りました。

実際は、かなり内容を削っているので、すこしでも気になるなら見てみてください。

【あらすじ】

地球を脱出してから1000年後、人類は新たな星ノヴァ・プライムへと移住していた。伝説の戦士サイファ(ウィル・スミス)と、父・サイファへ憧れを抱きながらも過去の悲劇から、父と距離をおく息子キタイは共に宇宙への任務に出ていた。しかしその途中 、小惑星嵐に見舞われ宇宙船が大破、緊急発信器<ビーコン>を載せた船の後部と船体はばらばらになり、“隔離惑星”と警告される、ある星へ墜落した。生存者はサイファとキタイの2人のみ。不時着した惑星は、なんと1000年間の時を経て、人類を殺すよう独自に進化した“地球”だった。重症を負ったサイファの必死の指示のもと、ビーコンを捜す命懸けの旅に出るキタイ。予期せぬ“危険”が次々と2人にふりかかる――。

Amazonからの引用

【製作国】アメリカ
【日本での公開】2013年6月20日

【感想】

正直、この映画をSF映画としてみたので一切面白いとは感じることが出来なかった。

ちゃちな宇宙船の内部に構造、1000年先のSFの世界のなのにレベルの低い科学技術、人の恐怖に反応するアーサを人々が取り囲み棒で押しながら宇宙艦へ搬送、足を失った兵士が足がないままサイファに挨拶をしに来るというあまりの酷さだ。SFとしてみた観客はこぞって星1のレビューを行ってしまう作品だ。

ほかにも上げればまだまだ出てくる設定の矛盾にツッコミを入れるのはかなり骨の折れてしまう。

それでもアメリカ映画であるCGのシーンはお金がかかっているはずでしっかりしているが、どうしても他のシーンと一緒に考えてしまいレベルを一つ下みてしまう。

この映画をSFとしてとらえると星1や2が付けられても仕方がない作品だ。

特に気になったのが、主人公であるキタイが兵士の訓練を受けているにもかかわらず、ことごとく上官の命令を無視するところを見ていると、兵士として命令をことごとく無視するのはどうなんだと頭に?マークが浮かんだ。

これはSFとしてアフターアースを見た感想である。

アフターアースの本当の見方を考えてみよう。

アフターアースはサイエンス・フィクションでありキタイの成長物語として映画を見てしまうが、実は親子の人間関係を描いたヒーマンドラマとして見てほしい。

姉の死をどうすることもできずに見ていたキタイ、娘を助けに行くことが出来なかったサイファ

父親に認められたいキタイ、接し方が分からず上官として接してしまうサイファ

この対比しているわだかまりを解きほぐしていく物語、父と子のもの物語としてみていけば、この映画はなかなか面白い。

訓練所では好成績を残すキタイだが精神的に未熟なために兵士として不適格とされる。そのことを久しぶりに家に帰ってきたサイファに報告するが父は上官としての意見を述べるられる。

そのことに不満を持つキタイ、上官としてではなく父親としてのサイファを求めるのだが分かってもらえない。

こんなすれ違う2人が、不時着した地球で足のケガのため息子に指示をだしサイファ一緒に行動できず、真っ二つになった宇宙船の片割れにキタイ向かわせる。

見知らぬ土地、見知らぬ生物への恐怖から指示通り行動しないキタイ、それでも認めてもらいたくてサイファにウソをつき、父親の期待に応えようと勝手な判断していく。

それを知ってもサイファは上官としての判断をしてしまう。

そのことにキタイが憤りをぶつけるのである。

まさに父親と息子の距離感や相手の気持ちを理解することが出来ずにすれ違った結果としての行動が積み重ねていったことによって起きた衝突。

息子にどう接すればいいのかに迷う父親

父親にどうすれば認めてもらえるのかと迷走する息子

緊急事態であるこの状況が二人の発露より、ぶつかり合い父が自分をどう思っているのか、息子が父に何を求めているのかをより深く考えるきっかけとなる。

物語後半ではトラブルで通信ができなくなり、通信ができないことで二人は相手の事を考え、思い、悩みことで相手を理解していく。

その気持ちは救助されキタイが父の元の行った時の会話に込められている。

普通にSFとして見ると、映画としては失敗だったと思えてくる。しかし、よくよく考えてみるとSF作品として見るのが間違えだったのではないかという気持ちになり、親子のヒューマンドラマとして考えるとSFの設定の矛盾はどうでもよくなる。

移住先の原住民と争いになりアーサを送り込まれ、移住先の星で争いになっているのになぜかサイファは宇宙に遠征にいっているという謎。

地球の生物が人類を殺すために進化したという謎の設定

夜は極寒の地になるのでホットスポットに行かなければ死ぬほど寒いのにキタイがホットスポットで一夜を明かしたときに他の生物を見ない謎。(ホットスポットに行けなかった巨大な鷹は凍えて死んでいる)

アーサに襲われたキタイの姉がキタイをポットの中に入れて中にいれば匂いで気づかれないという謎の発言。(アーサは嗅覚も視覚もなく人の恐怖に反応するという設定である)

などなど疑問は尽きないが、親子ものとして映画を見れば父にウソがばれたとき、嘘をついてでも父親の期待に応えようとしているキタイの発露のシーンはよかった。