人力舎の芸人たちが、ライブ会場のある静岡へバスで向かい、その道中で芸人仲間の暴露話やネタを披露していく作品。バスツアー形式のバラエティに、楽屋裏のドタバタやライブ映像を組み合わせた内容になっている。
【公開年】2006年
【時間】113分
今振り返ると豪華な出演者
車内では、「ケチな人」「コンビを組みたくない人」といったお題をもとに、芸人同士の内輪話が展開される。
出演者はアンタッチャブル、アンジャッシュ、北陽、ドランクドラゴン、おぎやはぎなど。現在もテレビやラジオで活躍している人が多く、今振り返るとかなり豪華な顔ぶれになっている。
ラバーガールも参加していたが、バスに乗り込むタイミングで置いていかれる。どうやらライブ会場までは、電車で向かうことになったようだ。
約20年前のお笑いの空気に乗れなかった
ただ、正直なところ、今の自分にはバスツアー部分の面白さがほとんど伝わってこなかった。約20年前のお笑い映像ということもあるが、当時の空気感や芸人たちのテンションに、うまく乗ることができない。
この時代のバラエティ番組を見て育ったはずなのに、20年という時間の中で自分の感性が変化し、当時のお笑いのノリについていけなくなっていた。年齢を重ねたことで笑える範囲が狭くなったのか、以前よりもお笑いを厳しく見るようになったのかもしれない。
テレビ番組よりもファン向けの企画映像に近い
テレビ局が制作したバラエティ番組というよりは、事務所ライブの舞台裏や、ファン向けの企画映像に近い作りになっている。
番組として構成や編集で楽しませるというより、芸人同士の仲の良さや、その場の勢いをそのまま映している印象が強い。それが、この作品に物足りなさを感じた理由でもあった。
テレビで偶然流れてきた番組なら、もう少し気楽に見られた可能性もある。しかし、サブスクで自分から作品を選んで再生すると、どうしても「わざわざ見るほどの面白さがあるか」という視点が加わる。無意識のうちに、作品に求める基準が少し上がっていたのかもしれない。
バス内のトークよりもコントが楽しめた
番組の構成としては、バス内でのトークの合間に、楽屋裏やライブ会場の様子が差し込まれている。ラバーガール、北陽、東京03など、複数の芸人によるコントを見ることができる。
自分には、バス内のトークよりも、きちんと作られたコントのほうが普通に楽しめた。企画部分が合わない場合は、コントまで飛ばして見るのもよいかもしれない。
複数の芸人によるコントが収録されているため、それぞれの笑いの方向性の違いもよく分かる。面白いと感じるものがある一方で、どうしても笑えないものもあり、自分がどのようなタイプのお笑いを好んでいるのかを確認する映像としては、意外と興味深かった。
楽屋裏の悪ふざけは厳しかった
特に厳しく感じたのは、山崎弘也さんによる楽屋裏での悪ふざけ。出演者たちが楽しんでいることや、芸人同士の仲の良さは伝わってくる。しかし、仲間内で成立している面白さが、映像を見ている側にまでは伝わってこなかった。
山崎弘也さんは今でも、テレビ番組で仲間をいじるときに、悪ふざけの雰囲気を見せている。ただ、現在はかなりマイルドになっている。これがコンプライアンスの力なのかとも考えさせられた。
「コンプラ」という言葉が一般的ではなかった時代の映像として、当時の芸人たちがこれほどはしゃいでいたことを記録した資料としては、価値があるのかもしれない。
無茶をすること自体が笑いになっていた時代
これからライブを控えているにもかかわらず、ケガにつながりかねないような無茶を笑いにしている場面もある。男子中学生のような悪ふざけとしてなら理解できなくもないが、それを映像作品の見せ場として残している感覚には、今の自分は冷めてしまう。
もちろん、このあたりは笑いの好みだけでなく、時代による感覚の違いも大きい。当時は、芸人が体を張ったり、仲間に無茶を仕掛けたりすること自体に、笑いが生まれる空気が今よりも強かったのだと思う。
ライブも芸人にとっては日常の仕事
ライブ前の悪ふざけについて、本人たちが公演への影響を気にしながらも続けている様子からは、芸人にとってライブが一度限りの特別な勝負ではなく、日々続いていく仕事でもあることが伝わってくる。
野球選手が長いシーズンを戦うように、毎回すべてを出し切るのではなく、力加減をしながら活動を続ける意識もあるのかもしれない。
しかし、映像を見る側としては、そのような事情よりも、ライブ前の楽屋で内輪の悪ふざけを続けている印象のほうが強く残った。仲の良さを楽しむための作品であることは分かるが、当時の空気を共有できない現在の視聴者には、退屈に感じられる部分も多い。
自分の笑いの好みが変わったことに気づく
今回このような感想を抱いたのは、酔った状態で見ていたことも多少は関係しているかもしれない。ただ、それ以上に、芸人たちが無茶をすること自体を笑う感覚が、現在の自分にも、今の時代の空気にも合わなくなっていることが大きいように感じられた。
お笑いには、作品が作られた時代の空気が強く反映される。同じ映像でも、見る人の年齢や経験、視聴する時代によって、受け取り方は大きく変わる。この作品が想定していた笑いの対象から、自分がすでに外れてしまったということなのだろう。
15年ほど前の自分であれば、仲間内のわちゃわちゃした雰囲気や、ケガも恐れずに無茶をする姿を、もう少し楽しく見ることができたかもしれない。しかし、現在の自分にとっては、コント部分には楽しめるところがあったものの、バス内や楽屋裏の内輪ノリはかなり厳しかった。
まとめ
現在も活躍している豪華な芸人たちが出演しているため、昔のお笑いや、芸人同士の関係性が好きな人には興味深い作品だと思う。一方で、今の感覚で見ると、内輪ノリや体を張った悪ふざけを厳しく感じる場面も少なくない。
昔のお笑い映像を見ていたはずなのに、最終的には、20年の間に自分の笑いの好みや感性がどれほど変わったのかを確認するような時間になっていた。



