映画『劇場霊』レビュー:なぜ面白く感じにくいのかを考えさせられる人形ホラー(ネタバレあり)

人形ホラー映画『劇場霊』は、何が“面白くなさ”につながるのかを考えさせられる作品です。

正直に言うと、観ていると「時間の無駄だったかもしれない」と感じやすい内容でした。

一方で、面白くない理由を言語化する練習にはなる──この記事では、その引っかかりを整理します(ネタバレあり)。

作品基本情報


【タイトル】劇場霊
【監督】中田秀夫
【脚本】加藤淳也、三宅隆太
【公開】2015年11月21日
【時間】1時間39分
【ジャンル】ホラー、アイドル映画
【俳優】島崎遥香/足立梨花/高田里穂/町田啓太

 

あらすじ

5年間役者を続けても売れない水樹沙羅は、主役ではないものの舞台に出られることになる。沙羅は脚本を覚えて真面目に稽古に臨むが、稽古中に裏方の死亡事故が起きる。それでも稽古は続き、主役の篠原葵が屋上から転落したことで、主役であるエリザベート役が沙羅に回ってくる。

努力を重ねる沙羅だが、稽古の最中に人形と目が合うことを監督に伝えると、舞台を降ろされてしまう。人形について調べていく中で、作り手である児島敬一から呪われた秘密が明かされ、舞台当日、ついに人形による惨劇が幕を開ける。

見どころ

本作の見どころを挙げるとするなら、「面白くない」と感じたときに、何が原因になり得るのかを観客側が検討できる点です。

「つまらない」と思っても理由が言葉にできない作品は意外とありますが、『劇場霊』はその“つまずき”が複数見えやすく、振り返りの材料になります。

感想

いきなりですが、この映画は観ていると時間の無駄に思える瞬間が多い作品でした。ひどい、と感じる場面もあり、観れば観るほど面白く思えない。けれど、その“面白くなさ”自体は、どこが映画をつまらなくするのかを考える上では勉強になります。

観終わってから知ったのですが、企画を出したのがAKB48の秋元康さんとのこと。自分のところのアイドルを主役にする意図は分かる一方で、演技という面では気になる部分が強く残りました。特に島崎遥香さんの演技が作中で意識に引っかかり、没頭しづらい。ここが大きな障害になります。

ただ、彼女だけが原因かというとそうでもなく、和泉浩司役の町田啓太さんも、日常シーンでは気にならないものの、ホラー場面で恐怖の表情が伝わりにくい印象がありました。

島崎遥香さんは表情の変化が少なく、無表情の場面も恐怖している場面も同じように見えやすい。作中で無表情が恐怖を強める場面は確かにありますが、常に同じ調子だと“不気味さが効く瞬間”が限定されてしまいます。さらに叫ぶ場面では、怖がっていることを強調するような表情と金切り声になり、作品の怖さ自体が強くない分、興ざめが大きく感じられました。

一方で、足立梨花さんや高田里穂さんは比較対象として登場するため、相対的に演技がうまく見える錯覚も起きます。結果として、演技が上手い人/下手な人が交互に出てくる状態になり、ホラーに必要な没入感が途切れやすい。恐怖が積み上がりにくい構造になっているように思えます。

原因として思いつくのは、大きく3点でした。
・『劇場霊』の予告の作り
・監督(中田秀夫)の演出
・脚本の責任
こうして並べると、受け止めが難しい要素が重なっている印象です。

本作は「怖い/面白い」を期待して入ると厳しいかもしれません。ただ、どこが引っかかるのかを振り返る意味では、鑑賞体験が“勉強”として残るタイプの一本でした。

なぜ面白く感じにくいのか:3つの観点

1)予告の問題:過去作の期待値を上げすぎる

ホラー好きに向けて、Jホラーの雰囲気重視の先駆けとして知られる『女優霊』を強く想起させる見せ方になっています。中田秀夫監督の代表作の一つでもあり、「同レベルの作品かもしれない」という期待を持たせる構成です。

その結果、観る側のスタート地点のハードルが高くなる。予告で期待を上げすぎた、という話です。ただし、予告を見ていなくても、ホラー映画として出来が良いとは感じにくい人が多いのではないか、というのが正直なところです。

2)演出の問題:古さと違和感が残る

冒頭、人形を破壊しようとする場面のあとに「20年後」へ飛ぶ構成ですが、ここまでの児島敬一の演技がテレビドラマのように過剰で、その後は過剰ではなくなるため、冒頭だけ“演出としてわざとやっている”ように見えてしまいます。作品の入口で引っかかりが残る形です。

また、人形の首だけが出てくる見せ方や、人形がモンスターのように劇場の人々を襲う終盤の演出も、古臭く感じました。強いライトを当てて「モンスター化しました」と分かりやすく説明するような見せ方は、恐怖というより苦笑に寄りやすい。昔の特撮で怪人が登場するシーンのように見えてしまい、怖さから遠ざかります。

3)脚本の問題:設定の中途半端さが怖さを削ぐ

脚本もテレビドラマ的に感じる部分が多く、映画でなくスペシャルドラマの方が相性が良かったのでは、と思う場面がありました。

人形は「ほしい、ほしい」とささやき、女性にキスをして生命力(あるいは血のようなもの)を吸い取る。一方で男性は襲われて殺されるのに、和泉浩司だけは人形を燃やそうとしても気絶で済むなど、殺されない理由が分かりません。

女性だけを襲う設定は、劇中の演目『エリザベート』の“若さを求めて女性を殺す”内容と重ねているのだろう、と推測はできます。ただ、肝心の「なぜ人形が動き出すのか」「なぜ女性を狙うのか」といった核になる部分が曖昧で、ヒントも乏しいため、考察に入る手掛かりがありません。

終盤も、ライトが消える/携帯が通じない/非常扉が開かないといったホラーの“お約束”はあるのですが、人形が襲う場面では劇場内は暗いのに廊下は明るい、監視カメラが動いているなど、設定がチグハグに見える部分があります。結果として、恐怖よりも「作りの雑さ」が先に立ちやすい印象でした。

まとめ

『劇場霊』は、人形ホラーとして怖さを期待すると、没入を妨げる要素が多く「面白く感じにくい」作品でした。

一方で、演技の振れ幅、古さを感じる演出、設定の曖昧さやチグハグさなど、映画がつまらなく見える理由を分解して考える材料は多い。良くも悪くも「なぜ面白くないのか」を整理する練習になる一本だと思います。