実在の土地と有名な都市伝説を題材にした映画『犬鳴村』。

設定には魅力を感じましたが、実際に見てみると、怖さよりも古い演出や脚本の不自然さが気になりました。

評価できる場面と疑問に感じた部分のまとめ。

あらすじ

臨床心理士の森田奏の周囲で、奇妙な出来事が次々と起こり始める。謎のわらべ歌を口ずさみながら精神を病んでいく女性、突然の変死、そして行方不明となった奏の兄弟。不可解な事件をたどるうち、すべてに共通する場所として、九州有数の心霊スポット「旧犬鳴トンネル」が浮かび上がる。

突然死した女性は、生前に「トンネルを抜けた先に村があり、そこで恐ろしいものを見た」と語っていた。旧犬鳴トンネルの先には、日本政府の統治が及ばず、立ち入った者は二度と戻れないとされる謎の集落「犬鳴村」が存在するという。

相次ぐ事件と自身の家族に隠された秘密を明らかにするため、奏は犬鳴トンネルへ向かう。しかし、その先で待ち受けていたのは、単なる都市伝説では片づけられない、村にまつわる恐ろしい真実だった。

作品情報

配給:東映
公開日:2020年2月7日
上映時間:108分

監督:清水崇
脚本:保坂大輔、清水崇

出演:三吉彩花、坂東龍汰、古川毅、宮野陽名、大谷凜香ほか

「日本国憲法が通用しない」という言葉が気になった

『犬鳴村』と聞いて、まず思い浮かぶのが「この先、日本国憲法は通用せず」という有名な言葉です。

ただ、村が存在していた時代を考えると、「日本国憲法ではなく、大日本帝国憲法ではないのか」と疑問に思いました。調べてみると、犬鳴村は昭和24年まで存在していたとされており、意外に新しい時代まで残っていたことに驚かされます。

このような実在の土地や都市伝説を題材にしている点は、作品を見る前の興味を強く引く部分なのかもしれない。

印象に残ったトイレの演出

演出のなかで特にうまいと思ったのは、トイレを使った表現がある。

物語の冒頭では普通にトイレへ行き、そのあとに水で手を洗うことができていた子が、犬鳴村から帰ってきたあとには、トイレに行くことができず漏らしてしまいます。それまで当たり前にできていた行為ができなくなっていることで、その子の精神が壊れてしまったことを表しているのでしょう。

受け答えそのものはできているのに、犬鳴村で恐怖を味わう原因となった行為だけができなくなっている。この表現は、言葉で説明しなくても人物の変化が伝わる、よく考えられた演出だと思いました。

顔のアップに頼りすぎている

一方で、恐怖演出の多くには古さを感じました。

とりあえず女の子の顔を大きく映し、目の下を黒くしておけば、精神的に追い詰められているように見えるだろう、という作り方が目立ちます。

子どもを使った恐怖演出でも同じように目の下を黒くしていますが、あまり怖いとは感じませんでした。見た目だけで異常さを伝えようとしており、人物の内面や恐怖が十分に表現されていないように思えます。

顔のアップ、暗い目元、奇妙な動き。このような昔からあるホラー映画の表現を繰り返しているだけに見えてしまいました。

カットが長く、物語の進み方が遅い

映像の間延びも気になります。

ゆっくりとしたカメラのパンや、人物がぼんやりと立ったまま状況を見守る場面が多く、緊張感を生むというより、上映時間を延ばしているように感じました。

恐怖映画では、何も起こらない時間を使って観客の不安を高める方法があります。しかし、本作の場合は、その時間が恐怖につながっていません。

登場人物がすぐに行動すれば状況が変わりそうな場面でも、意味もなく立ち止まってしまうため、人物が時間を無駄にしているように見えます。

演技と感情表現が古く見える

演出、脚本、俳優の演技も含めて、20年ほど前の日本映画とあまり変わっていないような印象を受けました。

特に気になるのが、大きな声を出して感情的に話せば、怒りや恐怖が伝わると考えているような演技です。

叫んだり、顔をゆがめたり、変な動きをしたりするだけでは、その人物が何を恐れ、なぜ追い詰められているのかまでは伝わりません。

演出の問題もありますが、俳優が感情を細かく表現する技術にも、物足りなさを感じました。

映像で見せず、言葉で説明してしまう

トイレの場面のように、映像だけで人物の変化を伝えられているところもあります。しかし、それ以外では、登場人物が言葉ですべて説明してしまう場面が目立ちます。

絵として見せれば伝わることまで、わざわざ台詞にして説明するため、物語が不自然になります。

反対に、血筋や土地とのつながりなど、物語の重要な部分については十分な説明がありません。「とりあえず、それらしい映像を出しておけば伝わるだろう」という作り方に見えてしまいます。

説明しなくてもよいところは説明し、説明が必要なところは曖昧なままです。このバランスの悪さが、物語をわかりにくくしています。

主人公が観客と同じ情報を知っている

特に不自然だったのが、物語が50分ほど進んだあたりで、主人公が突然「父親はすべてを知っている」と言い出す場面です。

観客は、それまでに映された場面から、父親が何かを隠していると予想できます。しかし、その情報は主人公には伝わっていません。

世話になっていた先生から「お前の血のせいだ」と言われてはいるものの、そこからすぐに父親が事情を知っていると判断するには、情報が足りません。

主人公が自分で調べたり、父親の不審な行動を目撃したりする場面があれば納得できます。しかし、その過程がないまま核心に近づいてしまいます。

登場人物が、映画を見ている観客と同じ情報を持っているように行動してしまうため、脚本上の都合を強く感じました。

周囲の人物や警察の扱いも不自然

犬鳴村に関わった人々が次々と被害を受ける一方で、事件に関わった警察官には特に何も起こりません。

呪いや因縁がどのような条件で発生するのかが曖昧なので、「なぜこの人物は襲われ、こちらの人物は無事なのか」という疑問が残ります。

主人公の家が嫌がらせを受ける展開も、始まるまでがあまりに早く感じました。演出として何を見せたかったのかはわかりますが、周囲の人々がそこまで急激に行動する理由が描かれていません。

出来事を先に置き、その理由をあとから考えているように見えてしまいます。

幽霊の描き方にも違和感がある

長い年月を経た幽霊のような存在が、いきなり現代の人物に対して理性的に話しかけてくる場面にも違和感がありました。

それまで不気味で理解できない存在として描いていたものが、急に事情を説明する存在へ変わってしまいます。

怪異に意思や目的があること自体は問題ではありません。しかし、恐ろしい存在から説明役へ変化するまでの流れが弱く、せっかくの不気味さが失われています。

犬の表現にも、もうひと工夫ほしかった

犬鳴村という名前が付いた作品だけに、犬の見せ方にも工夫がほしかったところです。

日本オオカミを実際に使うことは不可能ですが、日本犬の品種を使う考えはなかったのでしょうか。たとえば甲斐犬のような、日本の山地を連想させる犬を使えば、土地の雰囲気にも合ったように思います。

作品世界に合う犬を選ぶだけでも、映像の説得力は大きく変わったはずです。

まとめ

『犬鳴村』には、トイレを使って人物の精神的な変化を表すなど、うまく考えられた演出もありました。

しかし、顔のアップ、目の下を黒くする化粧、奇妙な動き、大声を出す演技など、わかりやすい恐怖表現に頼りすぎています。

さらに、主人公が知るはずのない情報を突然知っているように行動するなど、脚本にも不自然な部分があります。人物同士の関係や呪いの条件も十分に描かれていません。

実在の土地や有名な都市伝説を題材にしているため、設定そのものには強い魅力があります。

それだけに、古いホラー映画の演出を繰り返すのではなく、土地の歴史や登場人物の心理をもう少し丁寧に描いてほしかった作品です。

怖さよりも、演出の古さと脚本の不自然さが気になってしまいました。