(ストーリーを要約しており、ネタバレがあります。)

狂犬病に似た病気が流行り始めた世界で元国連の調査員ジェリーは、世界の変化を感じながらも日常の過ごしていた。そんな中で妻や子供たちを学校に送っていると渋滞に巻き込まれる。

それは狂犬病に似た病気になった者が人を襲っているために起きていた。?まれれば感染する感染した人間だったものはほかの人間を襲い感染させるために爆発的に感染者が広がっていく中で、ジェリーは家族を連れて逃げる。

そんな中で、国連事務次長のティエリーからジェリーの力を借りたいと要請があり、逃げていると途中で出会った少年トミーと家族を連れて海の上の軍艦に避難する。

海の上という安全な場所に家族を置いてもらうためにはティエリーからの要請を断ることができずに、ゾンビとうメールを最初に送ってきた韓国の米軍基地に赴くのだった。

そこでCIAの諜報員だった男からイスラエルの情報を貰い、更なる情報収集のためにイスラエルへと行くのだった。

イスラエルはゾンビの情報から高い塀を築きそれによってゾンビの侵入を防いでいたが、スピーカーで祈りの言葉を流したためにゾンビを刺激して壁を乗り越えてきてしまう。

パニックになり逃げ惑う中でジェリーはゾンビに襲われない人間を見かけるその中でゾンビは危険性のあるウィルスに感染している人間を避けるのではという仮説を思いつく。

その仮説を試すためにWHOのウイルスに関する施設に赴き、実験しようとするがウィルスが保管されている施設内の人間はみなゾンビになっており、そのゾンビの中を掻い潜っていかなければならなかった。その中を掻い潜りジェリーはどうにかウィルスの保管所まで行くのだが、一体のゾンビに見つかってしまう。

保管所を脱出するためにも自らが考えた仮説を試すためにウィルスを注射し、ゾンビの中を歩いてもどってくるのだった。これによって仮説が証明されゾンビに襲われない無毒なウイルスが作られ、人々がゾンビへの反撃を開始するというジェリーの独白で締めくくられる。

感想

金のかかっているゾンビ作品にありがちなストーリーの展開、アメリカ映画の家族と父親のヒーロー像という、人気が出る要素をしっかりと盛り込んだ作品である。

見ていると、途中でアイアムレジェンドが頭の片隅でチラついてくるのはウイルスと一人の男の英雄的行動に重なるところを感じているからかもしれない。

ストーリーの流れは非常に単純なものなので、何も考えずにパニックと主人公の観察眼を特に何も考えずに楽しむことができるようになっている。

しかし、映像を注意深く見ると、主人公のプロフィールを作中で出来るだけ自然な形で観客に伝えるようにしていたり、ストーリーのキーとなる襲われない人間がいることを演出やジェリーの観察眼の鋭さをしっかりと描いている。

ゾンビ映画でよくありがちなスプラッタはなく、作品の半分はパニック映画として襲うゾンビと逃げ惑う民衆という分かりやすい構図がなされている。主人公の設定も優秀でありながらも組織の問題点に反発するという、他人の意見を大切にするのではなく、自らの体験と考えをもっとも大切にする人物として描かれており、わかりやすいアメリカ映画としてみることができる。

気になる点は、必要以上に爆発シーンが多いいことは、ゾンビに襲われていた人物が爆発させたのかあれほど爆発が起きる意味が分からないこと、飛行機の中にゾンビが隠れていることには無理がある。この飛行機はイスラエルに到着したばかりということは、その前のフライトから乗っていなければならずこのような最初の段階でその危険性がないかのチェックは行われているはずだからである。

ストーリーからの考察

映画は人類がゾンビに反撃をするまでのストーリーであり、人間と自然(ウイルス)との対立、人間が自然を克服し支配するというテーマだと思われる。

ストーリーでは最初の感染者を重要視する発言があるが、最初の感染者を探す中でウイルスからの感染を防ぐのではなくゾンビを打ち勝つという流れに変わっていく。それはアンドリュー・ファスパック博士の死が原因でもあるが、自然に打ち勝つとう西洋の考えがあるように思える。そのため物語の結末としてのゾンビを焼き払い、ブルトーザーでゴミのように処理するシーンは自然に打ち勝ったという結末になっている。

また、ゾンビは出てくるがオカルト的なゾンビではない。
そのことを示すのがジェリーが最初に襲われた場所には教会がありその前でゾンビが人を襲っているシーンや襲われている人物がだれも神に助けを求めたりしないことからもわかる。

襲われる人は沿われる瞬間まで神に祈りを捧げていたのに襲われた瞬間から、悲鳴を上げて逃げ惑いゾンビなっていく。

襲われる場所も韓国の米軍基地以外はすべて昼間に襲われておりゾンビの存在を実態のわからない恐怖の存在にしないようにしている。

冒頭、中間、エンディング

  • この3つを考えるとゾンビによるパニック
  • ジェリーがゾンビ対策のために飛び回る
  • ゾンビへの反撃の開始

作中多くは、ゾンビに襲われ逃げるシーンになるが、その場面では常にカメラは揺れており安定することはない、カメラが左に向けたと思った瞬間に右に向けられるなど、まるで自分がその場にいて混乱に巻き込まれているかのように演出されている。

そしてパニックの状態の中や最後に俯瞰の視点を入れることジェリーの回り以外も混沌としていることをわかるようにして街のどこにもすくいがないことを示している。

主人公が思考を巡らせ、注意深くもの事を見ているシーンでは主人公以外からはカメラのピントが外れることで相手の話であったりそれ以外のこと事柄に注目していることを示唆させる。

また、群衆の中でのジェリーの存在を切り離すためにバックライトによって後光を演出させることで背景とジェリーの存在を分けている。また、作中で出てくる研究所ではイメージとして青色が多く使われており、静寂が必要なシーンはさらに強く青を強調している。

それによって、静かなシーンを示しバックミュージックもできる限り小さくなっている。そこで普段だったら小さくて気づかない音が必要以上に大きく響く音になっており観客への緊張感を与えている。

ワールド・ウォーZを見ての感想は以上でした。