この作品は、『ウォーキング・デッド』のスピンオフ作品です。
本家がすでに文明崩壊後の世界から始まるのに対して、こちらはまだ社会が普通に動いている段階から物語が始まります。
ざっくり言えば、
『フィアー・ザ・ウォーキング・デッド』シーズン1の第1話は、派手なゾンビパニックではなく、日常が少しずつ崩れていく不気味さを描いた導入回、麻薬中毒のニックが廃墟の教会で異変を目撃する場面から始まり、家族関係に問題を抱えるマディソンたちの周囲にも少しずつ危機が迫ります。
ゾンビよりも、家族の距離感や街に漂う荒廃の気配が印象に残る第1話。
※この記事には『フィアー・ザ・ウォーキング・デッド』シーズン1第1話のネタバレを含みます。
あくまで個人的な感想なので、作品の見方のひとつとして読んでください。
作品名:フィアー・ザ・ウォーキング・デッド
シーズン:シーズン1
感想対象:第1話
ジャンル:ゾンビドラマ/サバイバル/家族ドラマ
第1話の中心人物
第1話で中心になるのは、主にこの4人です。
- マディソン:シングルマザーで、家族を支えようとしている女性
- アリシア:マディソンの娘。優秀だが、家庭にどこか距離を感じている
- ニック:麻薬中毒の息子。物語の異変を最初に目撃する
- トラヴィス:マディソンの恋人。家族の中に入ろうとしている存在
見るからに、全員が何かしら問題を抱えています。
ゾンビドラマではありますが、第1話の中心にあるのは、ゾンビよりもこの家族関係です。
家族としてまとまりきれていない人たちの前に、世界の崩壊がゆっくり近づいてくる。
そこが、この第1話の面白いところでした。
冒頭の廃墟の教会がかなり不気味
物語は、ニックが廃墟の教会で目を覚ます場面から始まります。
一緒にいた女性を探して、ニックは教会の中を歩き回ります。
この場面だけを見ると、すでに世界が荒廃した後のようにも見えます。
本家『ウォーキング・デッド』を知っていると、なおさらそう感じます。
廃墟、静けさ、血の気配。
もう文明が終わった後の世界なのではないか、と思わせる始まり方です。
しかし、実際にはまだ世界は崩壊していません。
ニックがゾンビのような存在を目撃し、逃げ出して車に轢かれる。
そこまでの映像は、現実なのか幻覚なのか分かりにくく描かれています。
ニックが麻薬中毒であることもあり、最初は「薬による幻覚なのではないか」とも思える。
この曖昧さが、第1話の不気味さを強めていました。
ゾンビよりも「日常の崩壊」が描かれる
第1話では、ゾンビそのものはあまり出てきません。
はっきりとゾンビが登場するのは、冒頭の廃墟の教会と、終盤の川辺の場面くらいです。
それでも、作品全体にはずっと不穏な空気があります。
学校があり、病院があり、家族の会話があり、街もまだ普通に動いている。
けれど、その普通の日常の中に、すでに危険なものが混ざり始めている。
この「まだ壊れていないけれど、もう壊れ始めている」という感じがよかったです。
ロサンゼルスの街に漂う荒廃の気配
舞台であるロサンゼルスがそういう街なのか、演出として意識されているのかは分かりませんが、作中には落書きやペイントが多く出てきます。
- ニックが目覚める教会
- 学校
- 川辺へ向かうトンネルの出口
色々な場所に描かれたペイントが、まだ文明が崩壊していない世界にもかかわらず、どこか荒廃した雰囲気を出しています。
本来ならただの街の風景なのかもしれません。
しかし、これから世界が壊れていくことを知っている視聴者からすると、その落書きさえも不吉なものに見えてきます。
このあたりの映像の作り方は、かなり上手いと思いました。
あらすじとしてはかなりシンプル
物語の流れ自体は、それほど複雑ではありません。
病院に運ばれたニックは、廃墟の教会で見た出来事を話します。
それを聞いたトラヴィスは教会へ向かい、そこで大量の血痕を見つけます。
しかし、マディソンはそれをニックの薬物による混乱として受け止めようとします。
一方でニックは、教会で見たものの原因が薬にあるのではないかと考えます。
そして、自分に薬を売った男に会うため、病院を抜け出してしまう。
ニックが病院からいなくなったことで、マディソンとトラヴィスは彼を探し始めます。
要約すれば、話そのものはかなりシンプルです。
しかし、第1話には細かい情報がかなり詰め込まれています。
そのため、1時間のドラマなのに、体感としてはもっと長く感じました。
家族の距離感を見せる演出が良い
第1話で特に面白かったのは、キャラクター同士の距離感です。
トラヴィスはマディソンの恋人なので、マディソンとは近い位置にいます。
ニックに対しても、そこまで強い距離は感じません。
しかし、アリシアとの間には明らかな距離があります。
同じ場面にいても、トラヴィスとアリシアが近くに並ぶことは少ない。
同じフレームに映っていても、アリシアは少し離れた位置にいる。
こうした配置だけで、トラヴィスがまだ家族の中に入りきれていないことが伝わってきます。
家族ドラマとして見ても、かなり丁寧に作られている印象でした。
細かく散りばめられた不穏な伏線
第1話では、世界が壊れていく前兆も少しずつ描かれます。
- インフルエンザのような症状の流行
- 世界の終わりを感じてナイフを持ち歩く学生
- 海岸で待っていても現れないアリシアの彼氏
- 通行止めにされる道路
- 銃で撃たれても倒れない男の映像
どれも大きな事件としては描かれません。
けれど、日常の端に少しずつ異常が入り込んでいる感じがあります。
この後の世界を描いた作品がすでにあるからこそ、視聴者は「これはただの出来事ではない」と分かってしまう。
その分、何気ない場面にも不安を感じます。
授業中の「人間は自然に負ける」という言葉
トラヴィスが授業で、人間は自然に負けるというような話をする場面があります。
この台詞も、これからの展開を考えるとかなり意味深です。
ここでいう自然を、ウイルスや感染というものに重ねて見ると、人類がこれから置かれる状況を暗示しているようにも感じます。
人間がどれだけ社会を作り、秩序を保っているつもりでも、自然や感染症の前では簡単に崩れてしまう。
そういうテーマが、さりげなく出ていたように思います。
まとめ
『フィアー・ザ・ウォーキング・デッド』シーズン1第1話は、派手なゾンビパニックを見せる回ではありません。
むしろ、まだ普通に見える日常の中に、少しずつ異常が混ざっていく過程を見せる回でした。
ゾンビよりも、家族の不和や社会の違和感のほうが前に出ている。
だからこそ、この先に待っている崩壊がより不気味に感じられます。
第1話の時点でかなり情報量が多く、見終わった後は1時間以上見ていたような重さがありました。
本家『ウォーキング・デッド』が「すでに終わった世界」から始まる作品だとすれば、こちらは「終わる直前の世界」を見せる作品です。
まだ日常が残っているからこそ、その日常が崩れていく怖さがある。
第1話は、その不穏さをじっくり見せる導入回だったと思います。

