NHK 新日本風土記『高知 神々と棲む村』(2013年放送)の感想と内容
高知県物部町には、「いざなぎ流」と呼ばれる古い民間信仰が残っている。
この地域では、「太夫(たゆう)」と呼ばれる人々を通して神と語らいながら暮らす文化が今も続いている。
番組では、そんな神と共に生きる人々の暮らしが丁寧に描かれていた。
すべての場所に神がいるという信仰
いざなぎ流では、すべての場所に神が存在すると考えられている。
この地域の神社では、平安時代から続くといわれる祭りがあり、神職が祝詞をあげている途中に太夫が加わり、一緒に祝詞を唱える光景が見られる。
もともと明治以前は、太夫が祭りで祝詞をあげ、「ノト」と呼ばれる道具を使って神を降ろし、村人に祈りを授けていたという。
御幣と神を迎える作法
神様は御幣(ごへい)と呼ばれる和紙で作られたものに降りてくるとされる。
神ごとに異なる御幣を立て、祝詞をささげることで、それぞれの御幣に神が宿る。
御幣には多くのひだがあり、神が降りてきやすい形になっているという。
御幣の形も四角や花のような形などさまざまで、いざなぎ流が多くの信仰を取り込みながら発展してきたことが分かる。
そのため、神ごとの祈りや由来を記した「祭文(さいもん)」も数多く残されている。
山奥に残る集落の暮らし
いざなぎ流に関わる物部の集落は山奥に点在し、中には住民が5人しかいない村もある。
家の中には多くの神様が祀られ、特に重要なのは天井裏に祀られる祖先神である「みこ神様」や「おんざき様」。
ほかにも恵比寿様、大黒様、天照大御神、弘法大師など、さまざまな神が祀られている。
正月に訪れる年徳神は来る方角が毎年変わるため、祀る場所もその年ごとに変わるという。
神が多すぎて、なぜ祀られているのか分からない神様もあるという話も印象的だった。
祭りと供え物の意味
年に一度の祭りでは、そば餅が供えられる。
山間部で米作りが難しかったため、蕎麦が貴重な主食であり、その名残が供え物に残っている。
八幡様をはじめ、集落の災いを鎮める神など、多くの神が祀られる。
昔ながらの蕎麦文化が山奥で変わらず続いてきたことも感じられる。
神様には良い気持ちも悪い気持ちも共に捧げるという考え方は、日本らしい信仰の形だとも思う。
太夫の役割と長い祈祷
物部へ引っ越してきた人は、太夫に家を祓ってもらう儀式を行う習わしがある。
この儀式は非常に長時間に及ぶこともあり、番組では朝8時から夜9時まで続く様子が紹介されていた。
太夫には、新築の日取り、先祖の夢の意味、子どもの受験の祈願など、さまざまな相談が寄せられる。
神という存在が、生活のすぐそばにあることを強く感じる。
いざなぎ流の源と戒め
いざなぎ流の始まりとされる天中姫宮は、天竺まで修行に旅した存在だと伝えられている。
その術の中には呪いの技術もあるが、呪いは自分や子孫に二倍になって返ってくるという戒めがあるという。
山の恵みと暮らし
笹中番集落には4人が暮らしており、自然の恵みで生活を支えている。
収穫した作物で干し芋や豆腐を作り、猟で得た獲物もまず神様に供えてから食べる。
神と共に生きるという感覚
文化人類学者の小松和彦氏は、いざなぎ流には自然と文化がぶつかり合う場所として、日本人信仰の原点が残っていると語る。
太夫は、いざなぎ流を伝えた天中姫宮の代わりに、各家で神と長く語り合う役割を担ってきた。
かつて、信仰が各家庭に根付いていた時代の風景が、ここにはまだ残っているのではないかと感じさせられる。
神と人との境界が薄く、神が物に宿るというより、神と共に暮らしているという感覚に近い。
神話の中のように、人と神が同じ場で酒を酌み交わすような、不思議でどこか懐かしい信仰の形が、いざなぎ流なのだと思った。


