1956年公開の『少年探偵団 妖怪博士 第一部』は、明智小五郎と少年探偵団が怪人二十面相に立ち向かう少年向け冒険映画です。不気味な洋館や蝋人形、催眠術、原子炉の秘密設計図など、荒唐無稽ながら楽しい仕掛けが次々に登場します。特に印象的なのが、2部作前提のラストを迎えます。

※ネタバレ注意
この記事では、『少年探偵団 妖怪博士 第一部』の結末まで紹介しています。

1956年に公開された『少年探偵団 妖怪博士 第一部』は、江戸川乱歩の少年向け作品をもとに、名探偵・明智小五郎と少年探偵団が怪人二十面相に立ち向かう冒険映画。

上映時間は58分と短いものの、原子炉の設計図をめぐる事件、不気味な西洋館、蝋人形、催眠術、変装した探偵、落とし穴、時限爆弾など、少年向け映画らしい仕掛けが次々に登場します。

古い映画らしい単純さや荒唐無稽さもありますが、第一部の最後に待っているのは、予想以上に思い切った結末となっている。

『少年探偵団 妖怪博士 第一部』のストーリー

警戒の厳しい日本原子力第一工場に、ある夜、謎の怪盗が侵入。狙われたのは国家の重要機密である原子炉の設計図で、新聞は国際スパイ団の首領・怪人二十面相の犯行だと大きく報じる。

しかし設計図は、名探偵・明智小五郎の機転によって、半分が工場の相川技師長の自宅へ移されていました。ひとまず盗難は防がれたものの、二十面相が再び設計図を狙うことは間違いありません。

明智は中村捜査課長に警戒を強めるよう忠告する。明智のもとへ集まった小林少年、相川少年、篠崎少年、斎藤少年、大野少年、上村少年ら少年探偵団も、相川少年の父親を助け、二十面相を捕らえるために町へ捜査に出かける。

屋敷町を調べていた相川少年は、異様な姿をした老乞食を見つけ、その後を追います。男が入っていったのは、人の気配がない古びた西洋館だった。

相川少年が一階の窓から中をのぞくと、二階から入ったはずの男が、なぜか一階のソファーに座っており、さらにもう一度のぞくと、今度は女性が部屋の中に倒れている。

相川少年は女性を助けるために洋館へ入るが、倒れていたのは人間ではなく、精巧に作られた蝋人形だった。突然部屋の明かりが消え、入ってきた窓の位置までわからなくなる。

暗い屋敷をさまよった末、相川少年は紳士に変装していた怪人二十面相に捕らえられ、地下牢へ閉じ込められます。さらに不気味な妖婆に化けた二十面相の催眠術によって、魂を抜かれたように意識を操られてしまいます。

その後、相川少年は何事もなかったように自宅へ帰ってくる。明智や助手の岸マリ子、少年探偵団の仲間たちはその様子を不審に思うが、操られた相川少年は父親が守っていた原子炉の設計図を盗み、二十面相のもとへ持ち去ってしまう。

設計図が奪われ、明智たちが対策を練っているところへ、ロンドン警察の客員探偵を名乗る殿村という男が現れる。殿村は自信満々に、三日以内に設計図を取り戻し、二十面相を捕らえると宣言した。

殿村を怪しんで尾行した篠崎少年と上村少年も二十面相の罠にかかり、西洋館の地下へ閉じ込められてしまう。

約束の三日目、殿村は相川技師長や中村捜査課長を伴って西洋館へ向かい、殿村は人の形をした像を壊し、その中に閉じ込められていた少年たちを救出。さらに壁に掛けられた絵の裏から金庫を見つけ、原子炉の設計図も取り戻す。

事件は殿村によって解決されたかに見えたが、明智小五郎は殿村の行動に疑いを抱いていました。

明智が殿村の仮面をはぎ取ると、その正体は怪人二十面相だった。正体を見破られた二十面相は、明智、や中村捜査課長と少年たちを落とし穴へ落とし。

地下室には大量の石膏が流れ込み、明智たちの体を少しずつ埋めていきます。さらに洋館には時限爆弾が仕掛けられ、残された時間はわずか三分。

明智たちが石膏の中でもがく一方、爆弾の時計は止まらない。そしてついに洋館は大爆発を起こし、崩れ落ちる建物の上に怪人二十面相の高笑いが響き渡る。

明智小五郎と少年探偵団はどうなったのか。その答えが示されないまま、第一部は終了する。

『少年探偵団 妖怪博士 第一部』作品情報

作品名 少年探偵団 妖怪博士 第一部
製作年 1956年
製作国 日本
上映時間 58分
ジャンル 少年映画/探偵映画/冒険映画/ミステリー/怪奇/SF
製作 東映東京
配給 東映

主な出演者

明智小五郎 岡田英次
岸マリ子 中原ひとみ
小林少年 小森康充
相川少年 原国雄
相川技師長 宇佐美諄
二十面相など 南原伸二

ジャンルとしては、明智小五郎と少年探偵団が怪人二十面相を追う少年向けの探偵・冒険映画が中心です。一方で、不気味な西洋館や蝋人形、妖婆などの怪奇要素、原子炉の秘密設計図をめぐるSF的な設定も取り入れられています。

明智小五郎と少年探偵団

明智小五郎の助手といえば小林少年、という印象がありました。しかし、この映画で明智のそばについているのは、岸マリ子という女性助手です。

小林少年は明智の助手というよりも、少年探偵団の団長として子供たちをまとめる立場になっています。少年探偵団が独立した集団として描かれ、明智と岸マリ子が大人側から事件を追うという役割分担になっていました。

もっとも、大人たちは少年探偵団の捜査を、それほど本格的なものとは考えていません。相川少年の父親も、子供たちの活動を遊びに近いものとして見ているようでした。

それでも少年たちは怪しい人物を尾行し、危険な洋館へ入り、仲間を助けるために行動します。少年たちが活躍する場面で「少年探偵団の歌」が流れる演出も、昔の少年向け冒険映画らしくてよいところです。

子供向け映画らしい、わかりやすい演出

二十面相から電話がかかってきた人物が、驚いて受話器を落とす場面があります。現在ではかなり古典的に見える驚き方ですが、子供向け映画として、恐怖や驚きをはっきり伝えるための演出なのでしょう。

登場人物たちも、自分が何を目撃したのか、これから何をするのかを台詞で具体的に説明します。映像だけで状況を読み取らせるよりも、子供たちに物語を確実に理解させることを優先しているように感じます。

出演者の演技には、現在の映画から見ると棒読みに近く感じられるところもあります。ただし、細かな感情を表現することよりも、台詞をはっきり伝え、大きな動きで状況を見せることが求められていたのかもしれません。

公開された1956年は、終戦から約11年後にあたります。映画の背景には、復興が進んだ道路や住宅地が映っており、物語とは直接関係のない部分から当時の街並みを見ることができます。

撮影された時代の風景が、そのまま映像の中に残っていることも、古い映画を見る面白さの一つです。

不気味な洋館の場面は見応えがある

相川少年が古びた洋館へ入る場面は、第一部の中でも特に不気味でした。

二階から入ったはずの男が一階のソファーに座っている。倒れていた女性を助けようとすると蝋人形だった。さらに突然明かりが消え、入ってきた窓の位置さえわからなくなる。

次々に奇妙なことが起こり、相川少年は屋敷の奥へ誘い込まれていきます。古びた西洋館という舞台も、怪人二十面相の隠れ家としてよく似合っています。

ただし、屋敷の主は相川少年を捕まえると、あっさり自分が二十面相であることを明かしてしまいます。この段階ではまだ正体を隠していてもよさそうですが、上映時間が約1時間しかないため、ゆっくり駆け引きを続ける余裕がなかったのでしょう。

何でも一人でこなす怪人二十面相

二十面相は国際スパイ団の首領として紹介されます。しかし、映画の中には部下らしい人物がほとんど登場しません。

変装、誘拐、催眠術、少年たちの監禁、設計図の強奪、洋館の管理まで、二十面相がほとんどすべてを一人で行っているように見えます。

洋館には地下牢、落とし穴、人を閉じ込める像、石膏を流す装置、時限爆弾など、さまざまな仕掛けがあります。これだけの設備を一人で作り、管理するのは難しそうですが、手伝っている人物はほとんど姿を見せません。

国際的な犯罪組織の首領というより、非常に働き者で、少し孤独な怪人に見えてしまうところがおかしいところです。

また、二十面相は原子炉の設計図を手に入れた後も、相川少年たちを連れ去っています。設計図だけを持って逃げればよさそうですが、なぜ子供たちまで必要だったのかは、あまり説明されません。

少年探偵団を危険な目に遭わせ、後半で救出する場面を作るための展開だったのでしょう。

よくわからない「死の灰を焼却する原子炉」

二十面相が狙うのは、「核分裂によって発生する死の灰を焼却できる原子炉」の設計図です。

ここでいう「死の灰」が、原子爆弾によって発生する放射性降下物なのか、原子力発電によって生じる放射性廃棄物なのかは、よくわかりません。

現在の知識から見ると、放射性物質を原子炉で焼却して消してしまうという設定には無理があります。脚本を書いた人物も、原子炉を巨大な焼却炉や火力発電所に近いものとして考えていたのかもしれません。

もっとも、本作は原子力技術を正確に説明する科学映画ではありません。怪人が狙う重要な機密書類として、当時の子供たちに新しく、恐ろしく、未来的に感じられる原子炉が選ばれたのでしょう。

細かな科学的整合性よりも、明智小五郎と少年探偵団が国家機密を守るという、わかりやすい構図が優先されています。

登場した瞬間から怪しい探偵・殿村

事件の途中で現れる殿村は、自分なら三日以内に二十面相を捕まえられると豪語します。

しかし、殿村が身元を証明するものは怪しげな名刺くらいしかありません。それでも重要な事件の関係者たちは彼を簡単に信用し、捜査へ加えてしまいます。

国家機密に関わる事件へ、身元のよくわからない自称探偵を参加させてよいのだろうかと思いますが、こうしたおおらかさも昔の冒険映画らしいところです。

さらに殿村は、何の説明もなく像の中に子供たちが閉じ込められていることを知っています。設計図が隠された金庫の場所を知っているばかりか、なぜか金庫の鍵まで持っています。

殿村が鍵を手に入れる場面は、それまでの映像にはありません。この時点で、観客には殿村こそが二十面相なのだと、かなりわかりやすく示されています。

二十面相の目的は明智の名誉を傷つけること

二十面相は殿村に変装し、自分で捕らえた子供たちを救出し、自分で盗んだ設計図まで相川技師長へ返しています。

すでに設計図の写しを取っていた可能性はあります。しかし、設計図を盗むことだけが目的なら、探偵に化けて事件を解決する必要はありません。

今回の本当の目的は、明智小五郎の名誉を傷つけることだったのでしょう。

明智が解決できなかった事件を、殿村という別の探偵が簡単に解決すれば、名探偵としての明智の評判を落とすことができます。二十面相にとっては、設計図を盗むことと同じくらい、明智に勝つことが重要だったように見えます。

ところが、明智は殿村の正体を見破ります。明智が示す証拠は、それほど決定的なものには見えないため、殿村が最後まで否定し続ければ逃げ切れた可能性もあります。

それでも二十面相は正体を明かし、明智たちを罠へ落とします。自分の計画を見抜かれ、プライドを傷つけられたことで、冷静さを失ったのかもしれません。

石膏と爆弾を両方使う二十面相

二十面相は明智たちを地下室へ落とし、大量の石膏を流し込みます。「苦しみながら死ぬのだ」と告げる一方で、屋敷には時限爆弾まで仕掛けられています。

石膏でゆっくり苦しませたいのか、爆弾で一気に吹き飛ばしたいのか、二十面相の計画には少し矛盾があります。

ただし、石膏が少しずつ流れ込むだけでは、映画の終盤としては動きが弱い。そこに「あと三分で爆発する」という時間制限を加えることで、緊張感を高めたのでしょう。

論理的には不自然でも、映像としては石膏に埋まっていく恐怖と、爆発までの時間が迫る焦りを同時に見せることができます。

二十面相が完全勝利する予想外のラスト

この映画が二部構成であることはわかっていました。それでも第一部の最後には、明智たちが何らかの方法で危機を脱し、二十面相に一矢報いるのではないかと思っていました。

上映時間が残り七分ほどになったときも、ここからどのようなどんでん返しが起こるのかと期待していました。

明智と少年たちは、石膏が流れ込む地下室からどうやって抜け出すのか。仕掛けられた爆弾は誰が止めるのか。警官や岸マリ子が間に合い、明智たちを助け出すのではないか。

しかし、石膏は明智たちの肩の高さまで流れ込み、子供たちは埋まりかけた大人たちの肩につかまっています。警官たちは屋敷の中を捜索しますが、爆弾のタイマーは止まりません。

そして、本当に屋敷が爆発します。

誰かが爆弾を解除するわけでも、明智が秘密の脱出口を見つけるわけでもありません。警官たちは爆発に巻き込まれ、岸マリ子は逃げ惑い、地下室では明智たちが石膏に埋まっていきます。

崩れ落ちる洋館の映像に、怪人二十面相の顔が大きく重なります。そして二十面相の高笑いが響き渡り、そのまま映画は終わってしまいます。

「あれ?」と思っているうちに、本当に第一部が終了します。

最初から最後まで明智小五郎と少年探偵団は二十面相に出し抜かれ、二十面相が完全に勝利したような状態で幕を閉じます。続編があるとはいえ、ここまでカタルシスのない終わり方になるとは予想していませんでした。

一週間後の第二部へ続く大胆な終わり方

『妖怪博士 第一部』の第二部は、一週間後に公開されました。

現在なら、続編まで数か月、場合によっては数年待たされることもあります。しかし当時の観客は、明智たちの運命が気になっても、一週間後には続きを見ることができました。

そのため、第一部で二十面相を完全に勝たせ、主人公たちの生死さえわからない状態で終わらせるという、思い切った構成が可能だったのでしょう。

当時の子供たちは、爆発に巻き込まれた明智や少年探偵団がどうなるのかを友達と話しながら、翌週の公開を待ったのかもしれません。

まとめ

『少年探偵団 妖怪博士 第一部』には、古い子供向け映画らしい説明の多さや、現在の感覚では不自然に思える展開があります。原子炉の設定や二十面相の行動にも、細かく考えると疑問は少なくありません。

それでも、不気味な西洋館、蝋人形、催眠術、怪人の変装、秘密の設計図、少年探偵団の冒険と、一時間ほどの作品に多くの見せ場が詰め込まれています。

そして何より印象に残ったのが、第一部だから最後には多少の救いがあるだろうという予想を裏切り、二十面相の高笑いとともに主人公たちを絶体絶命の状態に置いたまま終わらせたことです。

少年向けの連続映画として、次の作品をどうしても見たくさせる。そう考えると、この大胆な幕切れこそが『妖怪博士 第一部』最大の見せ場だったのかもしれません。