金田一耕助が活躍する1977年の邦画「八つ墓村」。
原作では尼子氏の8名の落ち武者が財宝もって落ちのびて来る。尼子氏を打ち取ろうとする毛利家がだした褒賞と8名が持っていた財宝を目当てに村人たちが殺してしまう。そんな村の跡取りとして過去に母と逃げ出した八つ墓村に戻ってくることになる辰弥、彼がが八つ墓村へ帰ってくることから始まる田治見家の殺人事件。

映画として2年以上の歳月と当時の7億円をかけて制作された。当時の大学卒の初任給が10万円前後で2000年頃は20万円前後なので7億円も倍の14億以上のお金をかけて制作されたと思っていただけるとよいのではないか。

【タイトル】八つ墓村(金田一耕助シリーズ)
【監督】野村芳太郎
【公開】1977年
【ジャンル】サスペンス、ホラー

【点数】5点

5 娯楽としても素晴らしくなにか残るものがある。
4 娯楽としてよく出来ているのでもう一度見たい
3 良くも悪くも普通ながらも人に勧めることはできる。
2 微妙な作品、探せばどこか良いところがある。
1 時間の無駄

【感想】

「八つ墓村」は今までに映画化された作品が3作が制作された。テレビのドラマでもいくつも作られ続けた生きの長いでもある。そのためというわけでないが作品ごとに驚くような改変がされていることがある。そして1977年作られた映画「八つ墓村」を見直して本当に驚いた。子供のころにテレビで見たことがあった「八つ墓村」の見覚えのある場面がいくつも出るのに自分の中の記憶の「八つ墓村」とどこか整合性がとれない。

子供の頃の記憶では屏風に何かのヒントがあったようなとか、辰弥と良い仲になるのは典子だったはずなのに登場せずに、美也子と良い仲になっている。あとはお一武者の財宝が無くなってる。

最も驚きがあるのは金田一耕助の活躍した時代は戦後すぐの混乱がまだ残る時代に活躍していた「八つ墓村」は1948年という原作の設定になっている。

2020年9月現在、Amazonで見ることができるドラマ版「八つ墓村」の最初にで出てくる戦争で闇市が立つ神戸の街ではアメリカ軍人が街でコールガールに声をかけていたり、戦後の闇市に人が群がっている雑踏の風情の街並みに、呑む酒はみんな濁酒(どぶろく)といった個人で作ったお酒を飲む時代背景を意識した時代感のほうが原作に近いイメージであることは間違いない。

1977年の映画では主人公の辰弥は1970年の空港でジャンボジェットの誘導員として働いている。映画が上映された1977年の復興した現代と戦後時間が止まっているような岡山の片田舎へと場面が動くことで現代と昔から続く古い価値観の田舎との価値観の差をうまく演出している。

この差によって現代的な価値から古く田舎の因習が残る地域にいくことでもしかしたら「八つ墓村」がミステリーでもなく、ホラーサスペンスとしてなってく出来るようになっている。

映画を見る人は高度成長期の日本の意識から山奥の古い因習にとらわれた村での辰弥の体験と自分を重ねることで田舎の文化と風俗の違いで生まれる衝撃とそして始まる連続殺人事件により2重の衝撃があるのだ。この映画の最も驚きがあるのはラストをミステリーでもサスペンスでもなく、武者の呪い、村人の行動、そして次々に殺人を犯していく犯人たちの因果を見事にホラーとして落とし込んでいる。

金田一作品を知っている人は基本的には原作との違いはあるが、金田一が活躍する映画のイメージといえば石坂浩二が演じる袴姿で経費の勘定をしっかりとして、そしてぼさぼさの頭をかくとフケが落ちる男が思い浮かべてしまう。

作品を1度でもみたことがあるなら市川崑とタッグを組んで6作品もの金田一を演じてきた石坂浩二をイメージはあまりにも強すぎ。曲がり間違っても「帝釈天で産湯を使い」などと口上を話すような男のイメージはない。

1977年版の「八つ墓村」では金田一耕助を渥美清さんが演じている。石坂浩二が演じる少し間の抜けたような二枚目の金田一ではなく、どことなくやさしさがにじみ出ている男、どうにも推理に断言できないことは喋らない渥美清が演じる金田一からにじみ出るような相手を思いやる心遣い、サスペンス映画としてこの作品が作られていないことはわかってくる。

石坂浩二が演じる金田一では情報をまとめちゃぶ台(ローテーブル)の料理を食べながら推理の答えを導き出すまでに観客は様々な情報が与えられ、観客は与えられた情報から犯人や動機などを推理することができるようになっていた。

それに対して松竹の「八つ墓村」では最後に金田一が犯人の動機を語るが、その情報の多くは初めて出てくる情報で、犯人の犯罪トリックも明確には語られない。ラストの犯人のに至ってはやっぱりホラー映画だったんだなということで納得してしまう。

この作品を見るときには石坂浩二版のミステリーとして見るとどうにもズレて意識で見てしまって面白さが欠けてしまうかもしれないので注意が必要。松竹の「八つ墓村」は間違いなくホラー、オカルトとしての側面が強い映画として制作されている。

石坂浩二版の金田一が多く人のイメージとして頭の中にあるが、原作者である横山正史のイメージとしては渥美清なんかのほうが近いと答えたことからこの作品が作られたとのこと。渥美清版は松竹で1作品しか作られなかったのが残念と思うだけの良い作品。

ちなみに東宝の石坂浩二版の金田一は1977年に「悪魔の手毬唄」を上映された。